2026年9月19日から10月4日まで、愛知県と名古屋市を中心に「第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)」が開催されます。地元がこれだけ大きな国際大会の舞台になるのは、なかなかない機会だなと感じている人も多いのではないでしょうか。せっかくなので今回は、アジア大会がこれまでどんな都市で開かれてきたのか、歴代開催地をぐるっと振り返ってみたいと思います。
「アジア大会って、そもそも何回くらい続いてきた大会なんだろう」という素朴な疑問から、日本での開催実績、そして次に開催地が決まっている都市まで、順番に見ていきます。

歴代開催地の話に入る前に、そもそもアジア競技大会がどんな経緯で始まった大会なのかを押さえておきたいところ。ここを知っておくと、日本開催の歴史もぐっと味わい深くなります。
アジア競技大会は、アジア・オリンピック評議会(OCA)が主催する、アジア地域を対象にした総合スポーツ大会です。原則として4年に一度開催されており、記念すべき第1回大会は1951年、インドのニューデリーで開催されました。第二次世界大戦が終わってまだ日が浅い時期に、戦争で分断されたアジア各国の絆をスポーツの力で取り戻したい、という願いのもとに立ち上げられた大会だったそうです。この第1回大会には日本を含む11か国が参加していて、平和への祈りとともにスタートした大会だったんですね。
そこから数えて、2026年のあいち・なごや大会はちょうど20回目の節目にあたります。ここまで70年以上にわたって、いろいろな国と都市がバトンをつないできたということになります。

ここからが本題。第1回のニューデリーから今回のあいち・なごや2026まで、どんな都市がアジア大会を開いてきたのか、まとめて見てみましょう。
名古屋市の公式サイトに掲載されているアジア競技大会の開催実績をもとに整理すると、これまでの開催地は次のとおりです。
こうして並べてみると、バンコクが4回、ニューデリーやソウル・北京・広州といった首都級の大都市が繰り返し開催地に選ばれてきたことがわかります。そのなかで日本は、東京・広島・愛知/名古屋と、これで3つの都市がアジア大会のホストを務めてきたことになります。

せっかく地元開催が目前に迫っているので、日本でのアジア大会の歴史をもう少し掘り下げてみます。今回を含めて、日本での開催はこれで3度目です。
日本で最初にアジア大会を開いたのは1958年の東京大会、回数でいうと第3回にあたります。戦後復興の途上にあった日本にとって、アジア各国の選手団を迎える国際大会は、社会的にも大きな意味を持つ出来事だったと言えそうです。
1958年アジア競技大会には20の国と地域が参加し、13競技が実施されました。参加人数は1,692人にのぼり、開会式は昭和天皇によって開会が宣言されたと記録されています。今の大会規模と比べるとコンパクトですが、当時としては十分に大きな国際大会だったはずです。
2度目の日本開催は、それから36年後の1994年、広島で行われた第12回大会でした。東京という首都での開催だった前回とは違い、広島は首都以外の都市として初めてアジア大会を開催したケースだったそうです。この点は、今回の愛知・名古屋にも通じるところがあるように感じます。
広島1994には42の国と地域が参加し、実施競技数は34競技。当時としては大会史上最大の規模だったといわれています。地方都市であっても、これだけの規模の国際大会を成功させられるという実績を残した大会でもありました。
そこから32年の時を経て、2026年に愛知・名古屋で開かれるのが、日本にとって3度目のアジア大会です。2026/愛知・名古屋には、アジアの45の国と地域が参加し、43競技で熱戦が繰り広げられる予定。9月19日から10月4日までの16日間、地元がアジア中の注目を集めることになります。
ちなみに、日本でのアジア大会開催の歩みを並べてみると、こんな流れになります。
こうして見ると、東京・広島・愛知/名古屋という並びが、なんだか日本のスポーツ史の縮図みたいに見えてくるから不思議です。

歴代開催地を調べていると、ひとつ面白い豆知識に行き当たりました。大会名の年号と、実際に開催された年がズレている回があるんです。
直前の第19回大会は、中国・杭州で開かれました。この大会は「第19回アジア競技大会(2022/杭州)」という名称のまま、実際の開催は2023年9月23日から10月8日にずれ込みました。新型コロナウイルスの感染拡大を理由に延期が決まったためで、大会の呼び名は「2022年」のままなのに、実際に競技が行われたのは2023年というちょっとややこしい大会になっています。歴代開催地を年号だけで覚えていると混乱しがちなポイントなので、頭の片隅に置いておくと良さそうです。
今回のあいち・なごや2026で終わりではなく、アジア大会はすでにその先の開催地まで決まっています。
アジア・オリンピック評議会は、2030年の第21回大会をカタールのドーハで、2034年の第22回大会をサウジアラビアのリヤドで開催すると発表しています。ドーハでの開催は2006年の第15回大会以来2度目、リヤドでの開催が実現すればサウジアラビアにとって初めてのアジア大会になります。中東地域が続けて開催地に選ばれているのも、近年のアジア大会を語るうえで見逃せない流れです。
ここまでの内容と重なる部分もありますが、開催地にまつわる疑問をあらためてQ&A形式で整理しておきます。
原則として4年に一度のペースで開催されています。ただし杭州大会のように、感染症の流行など特別な事情で開催時期がずれることもあります。
1958年の東京大会(第3回)、1994年の広島大会(第12回)に続いて、2026年の愛知・名古屋大会が3度目の開催となります。
都市単位で見るとタイのバンコクが1966年・1970年・1978年・1998年の4回にわたって開催地となっており、歴代でもっとも開催回数が多い都市です。
愛知・名古屋大会の次は、2030年にカタールのドーハで第21回大会が、2034年にはサウジアラビアのリヤドで第22回大会が開催される予定です。
あらためて振り返ってみると、アジア大会は1951年のニューデリーから始まり、アジア各地のさまざまな都市を経て、今年ようやく3度目の日本開催として愛知・名古屋にやってくる、という流れになっています。東京1958の戦後復興、広島1994の地方都市としての挑戦、そして今回の愛知・名古屋と、それぞれの大会には時代ごとの背景があったこともわかりました。
普段何気なく見ている国際大会も、歴代開催地という軸で眺めてみると、また違った面白さが見えてきます。9月19日の開幕まであとわずか。歴代大会の積み重ねの延長線上に、いま自分たちの街があるのだと思うと、アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)の見え方も少し変わってくるのではないでしょうか。