『名古屋めし』と呼ばれて久しいけれど、その発祥は名古屋どころか愛知ですらない…っていうのは、名古屋めしに限らず名古屋名物と呼ばれるものにはよくあることだ。
たとえば、名古屋城のしゃちほこを彷彿とさせる『エビフライ』や、名古屋の酒飲みたちの肝臓を守る『カレーうどん』は東京生まれ。
名古屋グルメの代表格たる『味噌カツ』、ちょっとリッチな『ひつまぶし』、愉快なCMソングでおなじみ『ういろう』の3つは三重県生まれだ(諸説あり)。
そんなわけで、意外と三重発祥が多い名古屋めし。今回は、そんな三重県生まれの名古屋めしのひとつである天むすを紹介するよ。
三重県津市にある『千寿』という天ぷら屋さんで生まれた天むす。
その生みの親は『千寿』初代店主の奥様、水谷ヨネさん。
あまりにも忙しすぎて昼食を作る暇もなかったときに、エビの天ぷらを切っておにぎりの中に入れ、まかないとして出したのが天むすの原形なんだとか。
そのおにぎりが思いのほかおいしかったため、味付けなどを試行錯誤したのちに現在の『天むす』が完成。常連さん用の“裏メニュー”として大好評を博し、あっという間に正式メニューへと進出。
最終的に、『千寿』は天ぷら定食店から天むす専門店へと華麗な変身を遂げたんだそうな。
そんな三重名物天むすが名古屋にやってきたのは、それから20年ほど経ってからのこと。
不景気のあおりを受けて倒産した名古屋の時計屋さん『藤森時計店』の店主夫妻が、新しくお店を始めるにあたって目を付けたのが天むすだった。
三重の『千寿』を訪れ、天むすの作り方を伝授してほしいと願い出た藤森夫妻だったが、最初はあえなく断られてしまう。しかしその後、藤森夫妻の1か月に渡る交渉に根負けした水谷夫妻は、「天むすを世に広めないこと」を条件に、天むすのレシピを伝授して暖簾分けの許可を二人に出した。
こうして生まれたのが名古屋の『千寿』。
水谷夫妻との約束を守るため宣伝なしで営業していたが、その評判は徐々に口コミで広がっていった。こうして、天むすは瞬く間に『名古屋めし』の座を手に入れてしまったというわけだ。
千寿の天むすの包装紙やラベルに踊る、「めいぶつ」ならぬ「めいふつ」の文字。
このネーミングは、天むすの生みの親・水谷ヨネさんの案だ。「天むすをいつか“名物”に育ててみせる!」という決意を込め、あえて濁点をとった“めいふつ”と名付けたんだとか。
メジャーな名古屋めしとして親しまれるようになった今でも「めいふつ」表記を貫いているのは謙遜の現れか、それとも「名古屋名物」と呼ばれていることに対するささやかな反逆なのか…
(画像引用元:食べログ『イートインはやっぱり美味しい』by ☆sakae☆ : 天むす千寿 )
千寿の天むすをいざ目の前にすると、多くの人が驚くのがそのサイズ感。一般的なおにぎりと比べ、天むすのサイズは少し小さめ。
というのも、もともと天むすはささっと食べられるまかない料理として生まれたもの。天むすがかわいらしいひとくちサイズなのは、そのころの名残というわけだ。
天むすの魂たるエビ天には、愛知県の定番土産「えびせんべい」の原料でもあるアカシャエビ(サルエビ・アカエビ・トラエビなど比較的小型のエビ類をまとめてこう呼ぶ)が使用されている。
おにぎりに入れても崩れないよう少し厚めの衣にエビを包み、高品質のコーン油でカラッと揚げるのが千寿のこだわり。コーン油で揚げたエビ天は揚げ物の割にさっぱりしていて、おにぎりとの相性も抜群なんだとか。
『天むす』と聞くと、これ見よがしにエビの尻尾がぴょこんと飛び出た姿のものを思い浮かべる方が多いかもしれない。しかし、天むすの元祖たる千寿の天むすは、おにぎりの中にエビがすっぽりと隠れるスタイル。ビジュアルのインパクトよりも食べやすさを優先した形だ。
エビの主張が強いあの天むすたちの姿は、やっぱり名古屋城のしゃちほこを意識したものなんだろうか…?
同じくよくしゃちほこに見立てられるエビフライについてはコチラ:エビフライ – 名古屋エビフライ事情~エビフリャーなんて言わない~
(画像引用元:【丸久のきゃらぶきシリーズ・佃煮・焼き生姜】)
天むすの付け合わせとして添えられるのは、フキの茎を醤油・酒などで伽羅色(きゃらいろ:黒茶色)になるまで煮しめた“きゃらぶき”。三重の千寿初代の水谷氏が好んで食べたことから、お客さんに出す天むすにもきゃらぶきを添えるようになったんだとか。
天むすの付け合わせ以外にきゃらぶき需要があるのか心配になったけど、一応セントレアのお土産屋さんで取り扱われているくらいには需要があるらしい。良かった。
セントレアできゃらぶきが買えるお店はコチラ:総本家新之助貝新きゃらぶき
セントレアについてはコチラの記事も:中部国際空港 – 発つ前に ひと風呂浴びよう セントレア
よその名物をパクるうまく取り入れるのが得意な名古屋。
だからといって「名古屋が有名にしてやった」とか「もう名古屋のものでしょ」みたいな不遜な態度をとっていると、発祥の地の人たちに燃やされかねない。
いろいろな考え方はあるだろうけど、「こんなおいしいものを生み出してくれてありがとう」っていう感謝の気持ちも大事にしないとだね。
そう、おいしい食べ物に争いは似合わないからね。
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